ゴールデンウィークは休めるかな、と思うのは全くの勝手で、あれよあれよ、と全てが仕事で埋まる。何連休もとい何連勤。人が休んでいる時に働き、人が働いている時にも働く。どんな勤勉さなんだ。これが反映してくることを祈るばかり。
公私の、公だった部分が私になり、私だった部分が公になったことに、朝、自転車で事務所へ向かっている途中に今更ながら思い至る。日々の時間は、勿論、公が大部分を占めていて、私は今は殆ど無い。これはこれで、多少の運の流れはあったとしても、自ら望んだことだけれど、ふとした瞬間に、あたしって今どこにいるんだ、と思うことがある。身体は動いているのに脳はそれを認識出来ていない。自分を斜め後ろから見ているような。仕事の進め方や考え方、その他様々な違いを、今までは自分でそれを決めてきた分たぶん明確に見えていて、それがフィットしていないんだろうな、とは思う。けれど、たぶんこれで良いんじゃないかとも思う。アシスタントになりたくて、アシスタントをしているわけではないから。ただ、失うものは多い。得るものは大きいけれど。
金曜の23時過ぎに長野駅に着く。仕事を終え、そのままの格好、荷物で電車に乗ったので流石に寒いかな、と思ったが、雨上がりの長野はどちらかと言えば暖かかった。長野は今が桜の時期だということをすっかり忘れていて、咲いている桜に嬉しくなる。東京よりも桜吹雪が美しい。人身事故の影響でダイヤが乱れていて、ギリギリで新幹線に乗れたから、乗換駅の売店で何も買えず着いてすぐ、駅前の馴染みの店へ。お客のギターの語り弾きを聞きながらシェフにおまかせでと頼んだパスタで夕食。夜中の3時に帰宅。東京は人身事故が多すぎる。
翌朝は9時半に実家を出てお寺へ。自身の転職による引越しや、その他色々な事情から都合が着かず、命日からは大分遅れての父の七回忌。このタイミングで再び父の存在を確かめるとはどんな偶然なんだろうか。何だか笑うしかない。時の流れの早さには驚くが、変化にとっては十分過ぎる時間だった。